平成26年5月17日

小食健康法

ベジタリアンとなって、もう1年あまりとなります。この間、こにたんの健康状態はかなり良好で、風邪すら引いていません。以前は季節の変わり目には鼻をグスグスさせていましたが、それもありません。便秘もなく、ほぼ毎日、快便を続けています。やはりベジタリアンはよい習慣のようです。
こにたんがベジタリアンの生活を始めたのは、コリン・キャンベルという米国の著名な栄養学者が書いた『葬られた第2のマクガバン報告』という本を読んだのがきっかけであることは、以前のコラムでご紹介した通りですが、ここ7、8年ほどの間に体重が増えてきたことも理由の一つでした。十数年前、仕事が非常に忙しい時期があり、やはり体重が増えてきたので、一念発起して「今年はホノルル・マラソンを走る」と宣言しました。そして半年ほど練習し、2001年の12月、同マラソンを完走しました。それ以来、昼休みを利用して会社の構内を走っていましたが、視力の衰えにより7、8年前には外で走ることができなくなりました。その後は、室内で運動ができるよう、自転車をこぐような機械(正式に何という機械化は知らない)や、トレッドミルを購入し、運動を続けてきました。しかし、体重はなかなか減ってくれません。
昔と同じように走っているつもりなのに、何で体重が減らないのだろうと調べてみると、人間の体は若い頃には解糖系、すなわち糖を直接使って運動のためのエネルギーを得る仕組みが優位なのに対し、歳をとるとミトコンドリア系、すなわちミトコンドリアという細胞内小器官で酸素を原料にして運動するためのエネルギーを生み出す仕組みが優位になるとか。そして解糖系よりもミトコンドリア系のほうが極めて効率よくエネルギーを生みだすことができるために、あまり食物からのエネルギーが必要なくなってくるそうです。それで、若い頃と同じだけ食べていると、余ったエネルギーが脂肪となって体に溜まっていくとのことでした。しかも、溜まった脂肪を運動で消費するにはかなりの運動が必要で、体重60kgの人が、1kgの脂肪を消費するには、何と120kmも走らなければならないそうです。ああ、しんどオ。
さらに計算してみると、日本酒を3合飲むと、10km走らなければそのエネルギーを消費できないとのことで、飲み会などしてたらふく飲んで食ってしまったら、ハーフマラソンでもしなければもとには戻れません。こうなってくると、やはり運動で体重を減らすことには限界があり、食事の量を減らすしかありません。もちろん、ベジタリアンとなったことで、摂取カロリーは減ったと思いますが、なかなか腹回りの肉は減ってくれません。そこで始めたのが、甲田光雄医師が提唱された、「小食健康法」です。
この甲田先生、若い頃には「甲田の牛」と言われるほどに大めし食らいだったそうで、それがたたり中学の時には肝臓や胃腸の病気で2年もの間学校を休まざるをえない状態となってしまいました。しかし、その頃はそれが大食のせいだとはわかりませんでした。その後何とかして健康を取り戻したいと、大阪大学の医学部へと進みますが、甲田先生の健康状態はさらに悪化し、大阪大学の大学病院に長い間入院することになります。しかし、その当時の最先端の医療をもってしても、甲田先生の病気は治りませんでした。ついには、「甲田君、こんなところで治療を受けるよりは、家に帰ってのんびり養生してはどうや」と主治医に言われる始末。甲田先生は、これに大変ショックを受け、現代医学でだめなら民間医療を試してみようと思い始めます。そして、様々な民間療法のうち、断食を試してみることにしました。そのことを主治医に相談した所、「そんなことをしたら死んでしまうで」としかられてしまいます。しかし甲田先生としても「そう言われても、ここでおってもしかたありません」と答えるしかありませんでした。
このような経過もあり、甲田先生は決死の覚悟で生駒山の断食道場にこもり、11日間の断食を行いました。その結果は期待以上で、死ぬどころか病気が治ってきました。先生は元気になって山を降りてきたのです。甲田先生は、断食には現代医学でわかっていない深い真理があることを実感しました。そしていろいろと調べていくうちに行き当たったのが、西式健康法を紹介する本でした。その本を読むうちに、甲田先生は病気になった原因が、大食にあることをはじめて知りました。そして、健康になるためには食養生が大切なことを知り、このまま断食を繰り返せば健康になれるということを確信しました。これは現代医学に見放された甲田先生にとって大きな希望でした。
西式健康法とは、断食や体操、生野菜や玄米を中心とする食事など様々な健康法を組み合わせたものですが、中でも断食はいろいろな難病を根治させる秘法とされています。西式健康法を知った甲田先生は、翌年さらに12日間の断食を行いました。さらに半年後には14日の断食を行い、それ以来先生は断食マニアとでもいえるほどに、5、6年のうちに何十回も断食を行ったそうです。また、西式健康法では、朝食を抜くことを提唱しており、甲田先生は以後50年以上にわたり朝食を食べない、また途中からは昼食も抜く生活を送ってこられました。
こうして断食や小食の効果を実感した甲田先生は、現代医学でまだわかっていないそのよさを生涯をかけて研究し、これを現代医学に伝えることが自分の使命だと確信しました。そして断食や西式健康法で現代医療で治らない患者を救うことを自分の悲願として抱き、西式健康法を実践する医院を大阪に開院しました。甲田先生の医院では、薬も使わず注射もせずに西式健康法を実践して数々の難病患者を治してこられたのです。
ところで、この甲田先生は、残念ながら2008年に亡くなられています。こにたんは、様々な健康法を評価する際に、その健康法を提唱された人が何歳でどのようにして亡くなられたのかを1つの判断材料にしています。それは医者にも言えることですが、自分の健康すら守れないものが、人の健康を守れるはずがないとの素朴な思いからです。甲田先生が亡くなられたのは満84歳ですが、若い頃医師から見放されるほどの病気を患っていたにもかかわらず、自ら健康を取り戻され死の直前まで現役で活躍されたことを考えれば、甲田先生の健康法はまずまず合格でしょう。そしてその亡くなり方ですが、外出した際に転んで骨折したのがきっかけで寝込むようになり、やがて死期を悟った先生は食事も水も取らなくなり静かに亡くなったそうです。これは意地悪く解釈すれば、長年の小食生活で筋肉や骨が弱くなっていたとも言えなくはありませんが、数多くの患者さんを治療し、また多くの本を執筆してこられたことを考えれば、お忙しさのあまり運動不足となったことが実際の原因ではないでしょうか。
以上、甲田先生のことをご紹介してきました。こにたんが甲田先生の健康法を少しだけ取り入れて朝食を抜くようになったのは、昨年の秋ごろからだったでしょうか。もう半年以上になりますが、その間のコニタンの体重はといえば、一時60kgを下回ったことがあるものの、今は62kg前後をうろうろしています。これは甲田カーブと言って、小食にしてカロリーを減らすと、最初体重が減るものの、ある時期から体重が少し増えてきて、やがて安定するという現象であり、体が小食に順応したとも言えます。若い頃の体重は58kgだったので、そこまでは戻したいと思うのですが、なかなか思うようにはいきません。しかし、こにたんの今の体重はBMIにすると22。4とほぼ理想的であり、またズボンのサイズにはかなり余裕が出てきたし、体も軽く感じられるのでまあいいかとも思っています。
それよりも、こにたんも一日中座ってする仕事なので、運動不足はかなりのものです。座る時間が長いと死亡率が増加するという研究結果もありますので、今後はつとめて運動するよう心掛けていきたいと思います。そうして息子が大学にでも入れば、息子を伴走者にしてまたホノルル・マラソンに挑戦したいな。

 

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